山本啓太さん

プロフィール

山本啓太(やまもとけいた)さん
1991年生まれ 京都府出身

家 族 : 独 身
仕 事 : T-factory / 布や熊野 (熊野市木本町)
住まい : 熊野市井戸町

経歴

京都府京都市出身
2010年 国際ボランティア学生協会(以下、IVUSA)に入会
2012年 IVUSAとして熊野市へ初来訪
2013年 地元イベント「響鼓in熊野」スタッフとして参加
2013年 地元学童キャンプへの参加
2014年 大学卒業後、熊野市へIターン
2014年 「響鼓in熊野」実行委員会に参加


「熊野との関わり・移住に至った経緯について」

Q. 移住する前から熊野との関わりはあったのですか?

山本啓太さん

 はい、最初に訪れたのは2012年ですね。真冬の海岸だったんですが。前の年の秋に大きな台風の被害があって、その時の影響で堆積した流木を撤去する活動に参加しました。当時は学生ボランティア学生協会(IVUSA)という組織でボランティア活動をしていたので、その一環でたまたま訪れた、というのが最初になります。
 その後1年ほど期間が空くんですけど、熊野を再度訪れる機会があり、それから何度か足を運ぶようになりました。夏には学童のキャンプのお手伝いに来たり、地元イベントのお手伝いに来たり、花火大会のお手伝いにも来ています。本格的に熊野で就職したいという気持ちが高まり始めたのはこの頃だったかと思います。
 そのまま、2014年3月に大学を卒業して、4月から今の就職先での仕事と、熊野での生活がスタートした、という流れで今に至ります。

Q. 移住の「一番の決め手」はあったのでしょうか?

 学生時代に何度か熊野に足を運んだ中で、「響鼓in熊野」という地元の夏のイベントにお手伝いとして参加させてもらったことがあったんですけど、その時に『熊野での就職も考えているんです』と相談してみたら、周りの人たちがとても素直に反応してくれたというか、親身になって真剣に聞いてくれたのがすごく嬉しかったんです。その時は普通に大学生として就活をしていて若干人間不信になっていたので、余計にそう感じたのかもしれませんが(笑)その時の人の安心感だけで、なんとかなりそうだと確信を持てたのが一番大きかったですね。

Q. では、仕事もその流れで?

 そうですね。実際にその場で「営業がしたい」と言っていたのもありますけど、その時にしっかり自分のことを見てくれていた人がいて、ご縁がありました。実際に何度も足を運んで、知り合った人たちに仕事も紹介していただいたので、人間関係を広げていなかったら見つからなかったなと今では思いますし、「この地域で働きたい」という気持ちを前面に出していれば仕事は付いてくるんだと実感しました。少なくともこのまちの人たちは、そういう人柄だと思うので。
 今の職場では、Tシャツなどの販売を通して「ご当地の魅力を発信する」ということをしているのですが、営業先の人と話すのも楽しいし、その商品を通して熊野のファンが増えればいいなと考えながら、今後も頑張っていきたいと考えています。同時に、所属している商店街に活気がなくなってきている現状も、切り離して考えることはできないので、何かできることはないかと日々考えているところです。

山本啓太さん

Q. 移住を決める時にネックになったことはありましたか?

 友達できるのかとか、結婚できるのかとか、真剣に考えていました(笑)結局こっちに来てからも同世代の知り合いってほとんどいないので、未だに心配は尽きないんですけど(笑)あと、僕は長男なので、実家から離れることは少し引っかかってますね。今はまだ大丈夫ですけど、老後のこととか考えると心配ですし。…と言いつつ、今までずっと実家暮らしで、1人暮らしというものに憧れもあったんで、仕事が決まってからは躊躇なく越してきたんですけどね(笑)

Q. 住むところはどうやって決めましたか?

 はじめは職場の関係で決まったんですが、今住んでいる家も含めて、やはり人伝いの紹介が基本ですね。誰のツテもなく探そうと思ったら、不動産屋に行って高い家賃を払って借りるか、汚い家に住むか、みたいなことになってしまうんじゃないですかね…(笑)
 あと、京都での「普通」の家がなくて戸惑いました。学生アパートみたいなのがあると思っていたんですけど、なかったです。アパートもワンルームマンションみたいなのも、なかったです。家族で来るなら一軒家でも良いんでしょうけど…

「熊野での生活について」

Q. 休みの日やオフの時間の過ごし方は?

山本啓太さん"

 車で出かけることが多いですね。辺境の地というか、不思議な雰囲気の場所がこの地域にはたくさんあって、そういう場所に足を運ぶのが好きなんです。それから、月に1回熊野市木本町の記念通り商店街で「いこらい市」というイベントがあるんですけど、地域の人と一緒にそんなイベントのお手伝いなんかもしてますね。せっかくこっちで暮らしているので、極力熊野にいることと、家から出るということは心がけています(笑)そうしないと、京都にいた時と変わらない生活をしてしまうので(笑) あとは、友人や後輩たちが遊びに来てくれることもあるので、その対応をしたり、という感じですかね。

 それから、最近は地元のスポーツサークルに顔を出し始めていて、バスケの練習とか、人が足りないときの頭数合わせ程度ですけど野球のナイターリーグに呼んでもらったりとか、なかなか面白いです。同じ楽しみを共有できるメンバーで集まるって良いなあと思いますし、一度行ってしまえば馴染むのも早いですしね。そういう意味では、よそから来た人にとって、こういうスポーツだとか趣味の集まりの情報なんかがあるとすごく助かるかもしれないですね。輪も広がるし、地域に馴染むには良い方法だと思います。僕も紹介してほしいくらいです(笑)

Q. 熊野で生活している実感はありますか?

 人間関係の近さをふと感じますね。これを除けば、京都で生活しているのと変わらないかもしれません。多少生活は不便になりましたけど、ライフスタイルそのものは大きく変化したようには思いませんし、それで損している気もしません。移住するときって、何か魅力というか、損得勘定だけではないと思うんですけど、自分のためになるものがあるから移住するんじゃないかなと思っていて、よく「京都に住む方がいいんじゃない?」と言われるんですけど、濃い人間関係の中で過ごしている今の環境は僕の価値観に合ってるなあと思いますし、熊野に来てよかったと思っています。
 なので、どこか見ず知らずの地域に移住する時には、できれば人伝いの入り方を心がけてほしいですね。いきなりぱっと来た人より、事前に何度かその地域に足を運んで結論を出した人の方が、地元の人も信頼しやすいでしょうし、仕事のことも、住む家のことも、事前の人間関係があってこそなんだと思います。

Q. 熊野に来て変わったことはありますか?

 そうですね…なんとなく感性が豊かになってきた実感はありますね。 人の気持ちというか、深層心理的なものに触れる機会がぐっと増えました。距離の近いコミュニティに所属しているからこそだと思うんですけど、みんな何かしら苦労しながら生きている様子なんかもよく見えるし、そういうのがだんだんわかってきたのが、うれしいですね。これってとても人間らしいというか、京都ではこういうのあまりなかったんで。
 あと、自分のことをちゃんと「1人」として数えてくれている実感がうれしいですね。仕事の面でもそうですし、商店街の活動でもそうですし、なんとなく役に立てている実感を持てるようになりました。

山本啓太さん"

「地域に対する思い」

Q. この地域に住むにあたって、一番大事にしていることは?

 この地域を正しく理解することですかね。全部。
 例えば、人同士の人間関係なんかもそうなんですけど、田舎特有のややこしさってあるじゃないですか(笑)噂なんか一瞬で広まりますし、あの人とこの人は言ってること違うし…とかいろいろあるんですけど、人それぞれ見方はいろいろですし、価値観だって違うんだということをいつも念頭に置きながら、側面ではなくてちゃんと全体を見るように心がけています。側面しか見えていないとだめだと強く思った経験をしたので(笑)
 最初の1年間は、どうやって地域に溶け込めばいいのかと考えながら生活していて、焦ることも多かったんですけど、結局こうして理解を深めることが地域に溶け込む最初の一歩なのかなあと今は思います。これってとても難しいことだと思いますが、しっかり理解して溶け込んでしまえば、いつかこのまちが自分の地元になるはずだと思っているので、毎日頑張っています。

Q. 最後に、移住を検討している方へのメッセージをお願いします!

 これは、ある特定の地域への移住を考えている人に向けてなんですけど、その地域に住むかどうか迷っているんだということを、自分の口から直接そこに住む人に伝えてみることが、僕はやはりすごく重要だと思うんです。facebookとかSNS越しの言葉ではなくて、実際に足を運んでみて、自分の口で話す。地域の人って、そういうのほっとけないと思うし、そういうの聞くとその地域の人もきっと嬉しいはずです。先ほども言いましたが、実際、僕が熊野に住むか悩んで相談した時も、『オカンか!』と思うくらいこの地域の人たちは親身になって一緒に考えてくれて(笑)僕の中ではそんな経験が移住を決めた大きなきっかけになっているので、ぜひ実践してみてほしいなと思います。

山本啓太さん" (取材・編集:横田直也)